東海道53次を歩くブログ!袋井から見附そして浜松では念願のうなぎ♪

昨日の袋井あたりのテントの宿泊が、
ちょうど中間地点くらいなので
テントで祝杯をあげました。

そして、袋井から見附そして浜松に入り
念願のうなぎを食べその日は、浜松駅で寝袋で駅泊でした。

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東海道53次の袋井宿から見附宿を歩く

袋井でのテントでの一夜は、
半分過ぎたお祝いにお酒を飲んだので、
体が火照って暑くて、重ね着の服を脱いで、チャックを開けたまま寝ました。

その時に、テントの外が明るいので、
何かと外を覗いて空を見上げると、
月が煌々と輝いてきれいに見えました。

そのうち知らぬ間に寝てましたが、
朝方になると寒さに気づいて、
あわててチャックを閉めてまた寝ました。

朝になり寝る時と同じようにテントの外が
明るいので、またテントから外を覗くと、
昨晩の月と同じ位置に太陽が照っていて、
とてもいい天気でした。

9時前にはテントをたたみましたが、
近くに錆びた自転車が放置してあったので、
チューブを外して乗ってみました(笑)

9時半にはそこを離れ、逆川沿いを歩いて、
袋井を過ぎて見附へ向かいました。

逆川沿いを歩いていて、道端に咲いていた野草
(たぶん茅花という花だったと)を懐かしく
私が食べたら他の2人も恐るおそる食べてました^^;

ここまで休みなしで見附まできましたが、
ちょうど峠の頂上付近の道の向かいで、
どこかの会社のテニスコートで女性たちが練習してました。

それに気づいた一人が
脚を止めて見てましたが、
もう一人は気づかないで一人先へ行ってしまいました。

私たちの服装を見るとけっこう怪しいので、
相手も変な人たちが見ていると思っていたかもです。

そして、一人先に行った友達が気づいて、
戻ってきましたが、女性がテニスをしているのを知って、
休憩と言って道を渡ってコートの方へ行きました。

そして、おばちゃんだったと言って、
休憩中止と言ってまた先へ歩き出しました。

そうして、見附宿を過ぎたお昼頃に磐田警察署の
向かいの食堂で食事をとりました。

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今朝起きた時に前に買っていたパンとトマトジュースを
採ってはいましたが、やはりお腹がすいて大盛りを頼みました。

その食堂には、けっこう長い間いて日記を書いたり
新聞やマンガを読んだりしてました。

東海道53次浜松宿では、念願のうなぎを食べてから浜松駅で駅泊

そして、2時くらいに食堂を出て、
天竜川を渡って、浜松に入りました。

今日は、あまりできごともなく、
ただ歩いていただけの感じでした。

脚ほうもこれと言った痛みもなく、
快適に歩けたのではと思います。

そして今日の宿泊地の浜松駅には、
4時40分くらいに着きました。

着くなり、近くに銭湯があるか聞いて、
またすぐに行ってきました。

その銭湯の番頭さんが、昔軍人だったようで、
軍隊の時に重いものをしょって歩いたことを話してくれました。

そして、私の東海道を歩いていることを言うと、
すごいとかえらいとかほめてくれました。

銭湯を出ていよいよ浜松と言えば、
これを食べずに通るわけには行きません。

そうです!うなぎを食べることを
前からみんなの楽しみにしていました♪

そして、2切れで千円のうなぎの蒲焼ではありましたが、
さすがに美味しくお腹いっぱい食べました。

そのあと、交番でコインランドリーを聞きましたが、
4キロほど先になると言われあきらめました。

今日は、浜松市内なのでテントが張れないので、
浜松駅で泊まる予定でしたので喫茶店で暇つぶしをしました。

その後に浜松駅にもどり
公衆電話から実家や兄弟に電話を皆してました。

そしたらそのうちの一人が
帰ってから同窓会をやる計画を聞いたようです。

10日後くらいに京都に帰らないといけなくなったようで、
自分としてはゆっくり帰りたかったのですが、
それもできないような雰囲気になりました。

そのために雨でも歩こうとか、
名古屋では渡しの船がないので
その間は電車で移動することなどを計画しました。

そして、寝る前に屋台でラーメンを食べて、
遅くなりましたが12時半くらいに駅の構内で寝袋で寝ました。

最後に

今回でちょうど東海道53次の中間地点でしたが、
あとで考えると全体で20日かかりましたので袋井10日目の宿泊でしたので、
結果的にほんとうに中間地点になりました。

そして、浜松駅の駅泊が11日目の宿泊で、いよいよ折り返しになりますが、
これからまだまたいろいろなことが起きますのでご期待下さい!

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