肺がんステージ4の脳転移に分子標的薬で抗がん剤の奇跡的な効果!

私は、妻を乳癌でなくした経験があり、
抗がん剤などの西洋治療には疑問を持っていました。

妻の時の抗がん剤が効かなく逆に衰弱していく姿を見てきたので、
もし自分が癌になっても抗がん剤はやらないつもりです。

しかし、今回の私の父親の肺がんから脳へ転移して意識もほとんどない状態から、
抗がん剤で生き返ったのをまじまじと見てきてその考えは消えてきました。

何故なら、明らかに父親とはもうお別れだと覚悟をしていましたが、
もう治って2年以上順調に経過しています。

もうそれだけでも十分くらい、また父親と一緒にいれることが
本当にうれしくて病院の医師の方に感謝しています。

その、父親の肺がんの末期から生き返った経過を
お伝えしたいと思います。

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父親が肺がんになりステージ4のかなりひどい脳転移との検査結果

私は、東京に住んでいますが、父親が関西の田舎の実家に
母と二人暮らしをしています。

そして、例年のとおりお盆に帰省したのですが、
父親が何かだるくて調子がいまいちと言っていました。

とは言っても、もう85歳になる老人ですので
それは何かあってもおかしくない年齢です。

ただ、父親はその年齢では考えられないくらい元気で、
職人の仕事もやったり、お米も作ったりとよく働きます。

病気もまったくしたことがなく、
運転もしますが眼鏡指定もありません。

その父親が稲刈りを終わった秋にやはり調子が悪いということで、
近くの小さい医院に行ったのですが特に検査をしても数値はすごくよくて問題なし。

そして、暮の11月に入ってやはりおかしくて、
だんだんしんどくて立つのもおぼつかなくなり、
おおきい総合病院へ行って精密検査をしてもらいました。

そして、その結果を知らされてびっくりで、
肺がんであること、そして脳にもかなりの転移が見れること。

私も、PETの画像を見させていただきましたが、肺の方はそうでもないのですが、
脳の方はもう数えきれないくらい癌が全体に転移している状態でした。

妹が二人父親の近くに住んでいるのであり程度安心ですが、
実家で仕事もおいて悪い様態での療養生活です。

11月も後半になると、だんだん容態は悪くなり、脳が腫れてきて圧迫されて、
頭を振るだけでも気持ちが悪くなって吐いてしまします。

父親は、病院が大嫌いで入院など考えられない感じでしたが、
早く治すためには入院するように説得してやっと入院しました。

入院してからも容態はどんどん悪くなる一方で、
病院の先生に何かいい方がないか聞いても手の施しようがないと・・・・

肺がんの脳転移で効かなくてダメもとの分子標的薬を投与

その中で、分子標的薬というものがあり
もし遺伝子検査で陽性がでるようであれば使用してみる価値があると。

もちろんこちらとしては、治る可能性があるのならなんでもいいので
お願いしたいとワラをもすがる気持ちで頼みました。

しかし、検査結果は残念ながら全部が陰性でダメでした。

また、先生に家族が呼ばれもう手の施しようがないので
吐き気止めや睡眠薬などしか出せないとのことでした。

12月に入るとますます容態は悪くなり、食欲もなくなり、
調子悪いと意識もない状態でいよいよと家族も覚悟を皆していたと思います。

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その頃は、私も片道8時間くらい実家に帰るのに時間がかかりますが、
毎週末には病院と実家に通いました。

そうしたある日に妹からメールが入り、
遺伝子検査の結果でまだ一つ結果の出てなかったものがあって
その結果が陽性だったので抗がん剤を投与するからと。

そなの聞いてない!と、言う感じでしたが、
文句を言っても仕方ないのでそのままお願いしました。

父親ももう食欲もなく食事もままならない状態で、
薬を飲むのも大変だったようですがなんとか飲んでくれてました。

調子が悪い日が続く中、少しですがあまり気持ち悪くがらない時も出てきて
少しずつよくなっているような感じがしてきました。

それが、はっきり分かるようになったのは、
投与してから3週間くらいしてからだったでしょうか。

あきらかに元気になって、
頭をうごかしてもあまり気持ちが悪くならなくなりました。

そして、食欲も出てきてどんどん元気になり、
先生も看護師の方々もびっくりです。

そして、再度PETをとってみたらなんと脳全体にあれほどあった癌が、
ほとんどなくなってるではないですか!

父親の容態の回復状態からある程度は分かりましたが、
これほどきれいになくなるとはほんとうに驚きでした。

肺がんのステージ4から治った奇跡的な抗がん剤の効果!

先生の説明で、今回使用した抗がん剤は、分子標的薬といって癌だけをやっつける薬で、
副作用もあまりないとのことでした。

普通の抗がん剤が普通の細胞もいためつけて副作用があって大変なのとは違い、
髪の毛も抜けないし効けばすばらしい薬のようです。

今回使用した分子標的薬は、アレクチニブと言うもので、
商品名をアレセンサと言うものだそうです。

奇跡的に回復した父親は、
退院に向けて毎日リハビリをして弱った体力をもどすことに専念してました。

そして、みごと3月に退院することができましたが、
退院に際して先生もここまでよく効いた患者ははじめで、
一番苦しんだあの個室から生きて退院した人は始めてとも言われました。

基本、分子標的薬を飲んでも普通は脳までなかなか届いてくれないので
脳に転移した癌が治ることはなかなかないとのことでした。

また、実家での夫婦の生活が戻りましたが、
母親も3か月くらいほとんど家に戻らず病院で父と一緒の病室に寝てました。

父親は、仕事も少しするようになって、
今年もお米も作ると言い出しました。

また、退院して4月には86歳で無事眼鏡指定なして、
また車の免許の更新もいたしました。

そして、ほんとうにお米を作ると言うので
私も手伝って田植えも無事に終えました。

そうして元気だった父親でしたが、
また、しんどいと言い出し検査した結果今飲んでいるアレセンサが
耐性ができてしまい効かなくなってしまっているとのことでした。

そして、病院の先生と相談して
他の分子標的薬をのむことになりました。

今度の薬は、ゲフィチニブと言い、商品名はイレッサです。
この分子標的薬は、死亡者をたくさん出して問題になった国産の薬です。

薬を飲み始めに肺炎になってしまうことがあるようで、
薬を飲みはじめの3週間くらい肺炎になっても対処できるように入院しました。

おかげさまで新しいイレッサを飲んでも副作用もなく、
うまく次の分子標的薬に移ることに成功しました。

分子標的薬がどれくらい耐性があるのか?
先生に聞いたことはありますが、人によって違うので一概には言えないと。

私の父の場合は、現在もイレッサで2年近く元気に過ごしていますが、
それだけでも本当にありがたいことです。



まとめ

私の廻りでも本当に癌なっている方が多く、
癌の恐ろしさというか、怖さには思い知らされます。

そして、私もそうでしたが、ワラをおもすがるつもりで、
誰も何か治る方法がないか探されています。

私は、毎日のように日記をつけていますが、
父親が癌で最初に入院する前の日記を読みかえしたら、
「おやじは絶対になおる!」と書いていました。

もちろん分子標的薬と言うものがあることをまだ知らない時でした。

絶対にあきらめないと言う家族の思いが後押ししたかもですが、
そうした気持ちも大事かも知れません。

この記事が少しでも役に立ちましたら幸いです。

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