妻を癌で死別したシングルファーザーの子育てと恋愛についての体験談

私は、6年前くらいに癌で妻を亡くた、
シングルファーザーです。

今は、娘と息子そして犬一匹といっしょに
郊外の一軒家に暮らしています。

まさか、自分がこのような事になるとは、
夢にも思っていませんでした。

今でも妻の闘病生活のことをふと思い出し、
自然と涙が出てくることがあります。

時が解決してくれるとは言いますが、
なかなかそう簡単なものではないです。

とは言っても毎日悲しんではいられないし、
現実問題として二人の子供の食事や子育があります。

私の仕事もかなり激務なので、
毎日の時間もそれほど取れないのが事実です。

その中で、ひとりの寂しさや子供の事を考えて
恋愛対象を考えるようになりました。

もちろん心の葛藤もありますが、
今はそれでいいと思っています。

その、私の恋愛や子育てについて、
参考になればと私の経験をお伝えします。

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妻を癌と戦って死別した時の悲しみ

私の妻は、乳癌の3回目の再発で亡くなり、
約6年前に死別しました。

最初は、米粒ほどの癌で、手術をしてとって、
念のため放射線をあて、抗がん剤もやりました。

かなり、初期段階でしたので
このような完璧な処置でもう大丈夫と思ってました。

しかし、また3年後に首のリンパに再発し、
それも放射線治療でとりました。

その間、癌の本を50冊以上読んで、
本にも出ている有名な先生のところへの片っ端から行きました。

サプリメントも一番いいと言われるものを
高かったですが飲ませました。

しかし、残念ながら3年後にまた胸に再発をして、
色々手をつくしましたが帰らぬ人になりました。

過去を振り返ると仕事の忙しさにかまけて、
子育ても妻にまかせて妻との時間もあまりとってませんでした。

しかし、妻がなくなる1年くらいは、
仕事そっちのけで二人いっしょでほんとうの愛を感じました

妻が病気していなかったら、
そのまま強い愛も感じなく死んでいたと思います。

その意味では、一生分の愛を凝縮した感じで、
つらいですがよかったと思っています。

妻と死別した時は、上の娘はちょうど20歳で
成人式を苦しみながらも見届けました。

下の息子は、高校の一年生でしたが、
進学を選ばず就職して頑張っています。

妻が最後に残した手紙では、
自慢の子どもたちとペットを宜しくと、
そして私への感謝と次の世でもいっしょになりたいと・・・

誰でもそうだと思いますが、当時一番つらかったのは、
家でも街でもどこも妻との思い出が詰まっていて思い出してしまうこと。

なので、ちょうどいいツアーがあったのを幸いに、
バリ島へ傷心旅行してきました。

やはり、行ったことのないところは、
妻の思い出もないので少し気が楽でした。

もし、実家の両親のことや子供のことがなければ、
このままバリ島で暮らしたいとも正直思った程です。

それから、何回か気分転換もかねて海外旅行へ行きましたが、
もし可能であれば東南アジアあたりは安くて近いのでおすすです。

妻と死別して一番困る子育ての方法

では、妻と死別した時から私が、
どのように子育てをしたのかお伝えします。

正直、シングルファーザーの私が、
妻の代わりはむずかしいのは分かっています。

なので、無理して母親代わりになることはせずに、
毎日子供と会話を持つように時間をとりました。

そこで、他愛のないことでもいいので、
当日あった学校や会社のことを話しました。

私がやったのはそれくらいですが、
一番の問題は何と言っても食事です。

ちょっと作らないとすぐに、
カップラーメンとか食べてしまいます。

そこで、最初に始めたのが、
和民弁当です。

お米は、実家で作っているので買わなくてすみますので、
すこし大きめのおかずだけのコースを選んでました。

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しかし、やっぱり直ぐに飽きてしまい
だんだん残すようになりやめてしまいました。

それで、自分で仕事から返ってからつくりましたが、
鍋や野菜炒め、味噌汁などを3日分くらいまとめて。

ただ、冬にはそれでいいですが、
夏はもたなくて冷蔵庫か2日分くらいごとにしました。

しかし、休みの日も仕事がある時も多く、
そうしても無理で自分で作るのはあきらめました。

ヨシケイという材料だけを届けてくれて、
それを調理するだけものあるのですが
自宅のエリアでは対応してませんでした。

そこで、思案の末に頼んだのは、
炊事のしてもらうお手伝いさんでした。

お金はかかりますが、
それくらいしか思いつかなかったと言えます。

毎日は当然無理ですので、
月曜日と木曜日に午後3時から6時までした。

その時に、2~3日分を
まとめて作っていただきました。

メニューはおまかせしてましたが、
希望を言えばつくってもらえます。

すごくいい方で、時間外に買い物してくれ、
6時を過ぎてもやってくれてました。

月に7万くらいかかりましたが、
それでも安いと思えました。

それで2年近くやってもらいましたが、
娘が同居しなくなり、息子も彼女ができて
一緒に外食することが増えてきたので最終的にやめました。

そして、今はパルシステムを利用していますが、
10分くらいで息子でもつくれる食材もあり気に入っています。

息子もカタログから好きなものを選べるので、
気に入ってくれて好きなものを頼んでいます。

有機や無農薬であったり、添加物もない食材が多いので
安心して食べれますし、価格も安くてとてもいいです。

死別したシングルファーザーでも恋愛はしていいのか?

妻を亡くした時は誰でも、
他の女性と恋愛なんかありえない考えると思います。

私も悲しくて悲しくて、
恋愛なんかありえないと思っていました。

そして、悲しみの中でも
仕事も忙しく毎日が早く過ぎていきます。

そうしている中で、
ふとひとりが寂しく、つまらない時があります。

私は、音楽が好きなのでコンサートやライブによく行き、
亡くした妻ともよく行ってました。

そして、今がひとりなので、ひとりで行ってもつまらないし、
その後の食事なんかも楽しかったですが、ひとりではやるせないです。

好きなドライブや旅行、そして映画でも
ひとりでいい時もありますが、二人の時もいいいです。

正直、夜の営みもありませんので、
いっしょに朝を迎える人もいないのも寂しく感じます。

そして、ある時にTVで全英オープンゴルフを見ていて、
イギリス人のダレン・クラークが42才で初優勝しました。

そして、優勝インタビューで彼が言った言葉が、
私にグサリとささりました。

聞くところによると、彼は5年前に奥さんを乳癌でなくし、
意気消沈してゴルフができなくなり止める寸前だったと。

ところが、奮起して見事に復活して、
全英オープンに勝ちました。

そして、そのインタビューで彼は、
「優勝できたのは、空の上にいる妻のおかげです」
と、言いながら新しい彼女と手をつないでいました。

私は、その光景がすごく自然で、
かなり微笑ましく思えました。

そして、この考えもありだと思いましたし、
私も一気にこれまでの寂しい思いが吹き出しました。

そして、ある時にたまたま見たまじめな結婚サイトに
登録してよさそうな方を探すようになっていました。

とは言っても積極的に探していたわけでもないのですが、
お互いにクルマ好き同士で話しが合いお付き合いを始めました。

食事をしたり、映画を観たり、
コンサートに行ったりしてとても楽しかったです。

そして、何ヶ月が経ち彼女もひとり暮らしなので
一緒に住むことになりました。

幸い彼女は、食事を作るのが大好きで、
私や子どもたちのご飯のたくさん作ってくれます。

子どもたちもなついてよく話しますし、
なにより犬好きで犬も大喜びです!

しょうじき彼女としては、
死んだ妻と暮らしていた家に住むのは抵抗はあると。

でも、お線香もあげてくれ、
お供え物やお花も入れ替えたりしてくれ
つらい中でもよくやってくれて感謝してます。

いづれは、違う家の住むかも知れないですが、
まだたくさんローンも残っているし、当分はこのままです。

将来彼女と籍を入れるかは、まだ結論はでていませんし
やはり3年くらいは最低経ってからにしようと思います。

まとめ

以上が、私の妻と死別してからの
子育てと恋愛についてお伝えしました。

これは、私の経験にもとづいていますが、
もちろん人によって、家族によってまちまちだと思いますが、
ひとつの例として参考になればと思います。

頼んでいたお手伝いさんも言ってましたが、
死別でシングルファーザーで子育てしている方は多いと。

皆さんが、この悲しみを乗り越えて、
前向きに楽しく過ごされることを望みます!

◆◆ シングルファーザーの関連記事は以下 ◆◆

⇒ 妻と死別して悲しみから立ち直る期間は?その後の恋愛と再婚について

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